「いらっしゃい!今日は何食べていくの?まぁ、うちの料理は全部がおすすめだからゆっくりしていきなよ!…ほら、お茶。」
「そうか、このメニューにあるえび天丼を一つ頼もう。」
「はいよ、えび天丼一つね?」
 
注文を受けてすぐにキッチンにいって調理開始。今日も商売繁盛、良きことかな。昼時だから忙しいのなんのって…それだけに振るう腕にもよりをかけてごちそうしてたくなるのよね〜。
…なんだかあのフードかぶってる客はやけに震えているけど、どうかしたのやら…
 
「お〜い!姐さん、今日も来たよ〜」
 
客のことを心配していると、聞きなれた声が入口を通りその主が目の前のカウンターに着いた。
その声を聞きながらも私は注文された料理を作る手はやめない。まだまだ営業時間中だもの。
 
「あら?CC。今日もミンチになっちゃって…またオニにちょっかい出してきたの?」
 
実際にオニならミンチにどころか消し飛ばそうとするだろうけどね。それができなかっただけの何かがあったのかしら?
 
「ちょっかいなんて言わないでくれよ、俺はただオニが見慣れない子を連れていたから気になって後をつけてきただけなのに、何がいけなかったのかわからないよ」
「それ立派なストーカーだって…でも、あのオニが人を連れているっていうのは確かに気になるところだわ…ねぇCC、その子ってどんな感じだったか覚えてる?」
 
ここで少し考え込んで話そうとしたみたいだけど、カウンターから身を乗り出して小声でこう言ってきた。
 
「…今は一般人もいる。閉店してからでいいかな?」
「…わかったわ。またあとでね。」
 
いつもなら嬉々として話すだろうに、話さなかった。それは事の大きさが一般人の手に負えないということに他ならない。それくらいはすぐに感づき、ちょうど料理も出来上がってそれ以上聞きだすこともないまま皿に盛り付け、注文のあったテーブルに持っていく。我ながら上手にできたと思うけど。
 
そして少しの間注文がなかったからまたキッチンに戻り、少し考え事を。勘違いしないでほしいのは、注文がないのは人がいないわけではなく、みんながおいしそうに食べているからよ?
 
自己紹介が遅れたかな、私は妹紅。そして目の前のカウンターに座っているのはCC蛟。CCは「クレイジーカタストロフ」の略だとかどうとか。そしてこの店は私が仕切る定食屋、「不死鳥」。これでも商店街の中では一番有名どころなのよ?
そもそもこの商店街…いや、この街は少々特殊でね。普通の人間と、「危険因子」が共存する不思議なところ。…まぁ、正確に言うなら住み分けをしている、んだけど。
だから一般人と「危険因子」が入り混じるここはある意味異端とも言える。でも、私はそれが楽しいからここを続けているってわけだけど。現に今も、一般人と「それ以外」が同じテーブルで座っている。伊達に修羅場をくぐってきたわけじゃなくてね。それくらいの見分けは容易いって訳。
 
そもそも「危険因子」ってなんだって?簡単に言えば、人外。人に非ざる能力を持っているもの。そしてこの世界には危険因子を狩る…いや、「処理」する「組織」。そしてそれから危険因子を保護する「レジスタンス」。日々この二大勢力がどこかで競り合っている。こうした平和な日常な中にも殺伐な空気が漂っているのかもしれない。
…とはいっても、この店にはそんなことは全く関係ないんだけどさ。
 
そんなところだからいざこざなんてしょっちゅうあるもんで慣れていた、と思い込んでいたせいで、私はまだまだだってことを思い知らされることが起きたとき、情けなくも思考停止しちゃったのよ…
そう、確かこの後に…
 
「こんなものを食えるものか!!この店はどうなっているんだ!店長を呼べ!!!」
 
店内からそんな声が響く。どうやらあのプルプル客がいちゃもんでも付けてきたらしい。
というか似たようなセリフを聞き飽きてしまっている感はある。出した料理にゴキブリ入れてみたり、芋虫入れてみたり…やることが小さすぎて迷惑。そんな客は大体が一喝すれば怯えて逃げてくれるんだけど。とはいえ呼んでいるのに行かないわけにもいかず、どう一喝してやろうかと考えつつその客のところへ歩みを進めた。
 
「はいはい、どうかいた…ぇ?!」
 
そして、高をくくっていた私を待っていたのは、今までとは段違いの存在だった。確かに私はこのテーブルにえび天丼を運んだ。そして、この客の口の周りにえび天の衣が残っているあたり、多分えび天だけ食べてから「それ」を用意したんだろうとは理解できた。とても計画的。だけど、どう考えてもおかしい。
…というか生きてる!?脚ワシャワシャしてる!!
 
「な、なにこれ?えびっぽくて、だけど明らかに私の知ってるえびじゃないものは…」
 
気色悪い。「それ」に対する正直な第一印象だった。ワシャワシャ動く脚、そもそもえびだとしても伊勢海老どころの大きさではない、丼に胴体の半分も乗っているかいないかの大きさ。
 
「アノマロカリスを客に出すとはどういうことだ!最強の我に対する挑戦状か?!」
「あ、アノマロカリス…?そんなもの私自身今まで知らなかったわ。」
 
ひと段落した後、CCに詳しく聞いた話だとどうやらアノマロカリスというのは超古代、人類どころか哺乳類もいない昔の生物らしい。姿はピンク色でえびの左右に羽が生えたような、その羽のようなもので海を泳いでいたとか。
そう、古代生物。現在には存在するはずのない生き物。そんなものをどこで確保してきたのか、疑問に思っていたところで客は待ってくれるはずもなく、自分も状況把握に精一杯だから正直なところをいうしかなかった。
 
「なにぃ?自分で知らないものを客に出しているのか!こんなものが食えるはずがない、代金の返却を要求s、ルフォア?!!」
 
客が興奮したのか、よりプルプル振動しながら反論してきた、とその刹那、何が起こったのか分からなかった。客がいつのまにかアノマロカリスやら、他にも仲間っぽい生物達の大群に飲み込まれ、大群ごと店を出て行った、と気付いたのは呆けていた私がCCに揺すられてからだった。でも、これだけじゃドタバタは終わらない。
 
「いや〜、ごめんね?僕の管理がきちんとしていればこんなことにはならなかっただろうからね。お詫びに追加で料理、たのんでもいいかい?」
「え?あぁ、かまいませ…ん?なっ、あのワシャワシャがいっぱい!?……あふっ……」
「あれ?姐さん?あねさーん!!!!」
 
さらなる追い討ちで、些細なことでも処理限界寸前の思考は完全停止した。倒れ行く体をCCに抱えられながらかろうじて覚えていたことは…球体がしゃべっていた、ではないと思う。じゃあ月が二つあって、それを手のようにしてお茶を飲んでいた、でもない。
 
「周りに古代生物を大量に配置しつつ、辺りに木っぽい何かが屋根を突き抜けて焼き払いたいほどに生やされ、それの元凶であるであろう、どうみても地球にしか見えない球体が温泉に入っている」というわけのわからない構図だった…
 
 
………
……
 
「…店主さん、大丈夫かい?急に倒れちゃったけど…」
「いくら修羅場をくぐってきても、古代生物なんて知らないのは当然だし、姐さんだって女の人だから気持ち悪いものには弱いのかもしれないな。…そういえば、『僕の管理がきちんといれば』ってどういうことなんだ?」
「あぁそれはね、ここには口コミを聞いてやってきて、注文した料理を食べていたらおいしくて夢中で食べてたんだ。そうしたら背後から手が入った感触がしたんだけど、気にせずに食べてたんだよ。きっとそのときにあのアノマロカリスが盗まれちゃったんだね。」
「流石地球…いや、MHKの局長さんだ。マイペースだってのは噂通りみたいだな…」
「褒めてもなにもでないぞ?それじゃあ、御代はここに置いておくよ。あの客の分も一緒にね。僕のせいで迷惑かけちゃったお詫びに、今度の放送に出てみないか聞いてくれると助かる。それじゃ、いい返事を期待しているからね〜」
 
そう口のない顔でにこやかに表情を作り、不死鳥を後にした局長。御代を置いていったテーブルには彼の名刺も置いてあった。
 
それにしてもここに来る人々は凄い。さっきの騒ぎにもかかわらず、関係ない人たちは食べ終わっても談笑したり、一緒に妹紅姐さんを介抱してくれた人もいた。そのおかげで姐さんが見立てより早く復活してくれたのは助かったが、今日は疲れたから店じまいするらしい。復活したてだから俺は姐さんが心配だったが、本人が大丈夫だと言っていたから俺も一旦帰ることにした。
 
でも、正直俺は「あの子」が気になってしょうがない。俺と同じ感じのする、あのオニにそっくりな女の子が…いったい彼女は誰なんだろう?そして、オニがどうして連れているのか…謎が多い。とりあえず家に帰っても兄貴しかいないだろうし、「あの子」の様子を見る方がよっぽど有意義だろうな。
 
「そうと決まれば善は急げ!さっそくオニのところへ行くか!血が…騒ぐぞぉ!!」
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