日も昇らぬ程朝早くに一人でタバコを吸いながら開店準備をしていたら急に置き電話が鳴った。
 
「ふ〜…こんな時間に…はい、不死鳥です。」
 
「その声はあの店主さんだね、あの話は考えてくれたかな?」
 
 …あの話?CCの言っていた事だとすれば…しかもこの声は聞いたことがある。
 
「あぁ、MHKの局長!えっと、話は嬉しいのですが私はテレビ向きじゃないかなって…」
 
「宣伝のいいチャンスだと思うんだけど、駄目かな?僕は君の料理を評価しているんだ。そこで調べたら出前をしているそうじゃないか。出演が駄目でも、出前ならいいだろう?この味を知られていないのは惜しい。是非どうだい?」
 
そこまで言われては悪い気はしないわね。もっといろんな人に知ってほしいというのは本心だし…
 
「…ふむ、出前ということなら受けましょう。注文は?」
 
「いやいや、流石に持ってこさせるには量が難だからね。うちのテレビ局にはキッチンが完備してある。そこで作ってみてほしいんだ。」
 
「そちらで?!それは…」
 
「使い慣れたのがいいのならば、こちらが迎えを出すときに指定するといい。こちらからのサポートは惜しまない。どうか頼めないかい?」
 
 …一体ここまで彼を動かすのは何なのやら。怪しいほどの高待遇ね…でも、このチャンスは滅多にない。私としても店の名が売れるのは悪くないしね。
 
「わかりました。そこまでいうのならば受けましょう。」
 
「そっか!それはよかった。それじゃあ入り口前で待ってるだろうルシファーに必要なのを言ってくれれば後はやってくれるから、すぐに頼むね?」
 
―ブツッ。ツー、ツー、ツー…―
 
「切れた…って、ちょっと待て?『すぐに』?『入り口で待っている』?…まさかっ!」
 
直感どおり。受話器を置いて入り口を振り向いたら、人影のようなものが見える。
…断っていたら押し入るつもりだったんだろうか?でも、外で独り言つぶやかれているのはあまり気分のいいものではないわ…
 
短くなっていたタバコを灰皿に押し付けて、とにかく入り口の前に立っているであろう者が誰なのか確認がてら扉を開く。
 
「全く、何で私がこんなことまでしなくちゃ…あら?あんたがここの店主か。私は傲慢のルシファー。こんな雑用は本来私の仕事じゃないんだからさっさと終わらせたいの。
何を運ばせるつもり?」
 
戸を開けたから、店から入る光で姿がはっきりと見える。このルシファーとやら、姿自体は黒髪ロングと一般的な少女とも言えるんだろうけど服装がとても奇抜。正確には上下で統一性がない。
上半身は濃くて明るい赤色のブレザーのようなものを二枚重ねて着ていて、上に着ている方はボタンを留めず、でも下に着ている方は一番上のボタンしか留めていない。その下には、首から下がるピンクのネクタイが出ている。要するにパッツンパッツン。だがそれらの長さは鎖骨程度。
しかも下半身のほうは黒で固めたタイツのような何か。更に太ももは露出している上に、黒ストッキングをつないでいるのは黒ベルトのようなもの一本だけ。装飾はついているものの、正直言ってアブないやつと言われてもおかしくない。…へそだしが存在意義なの?
 
ルシファーの格好に気を取られていたが、よく辺りを見回しても車がない。調理用具を運ぶためにきたのならそれなりの量を予測していてもおかしくないのに。
 
「ん、あぁ。あなたが『迎え』?…車も何もないけど、どうやってMHKまで運ぶつもり?」
 
「ふん、私とて魔法くらい行使可能よ。すでにキッチンへ転移陣を設置してある。私に渡せばすぐに転送できる。」
 
「ずいぶん便利なことで…それじゃ、持ってくるから待ってて。」
 
そして調理道具や調味料、向こうにはなさそうな食材を選別して運ぶ。一つ一つ運んでいくことになったが全く問題なく転移は完了していたらしく、必要なものはすべて向こうへ送った。
 
そして残るは私だけ。店を空けるわけだから入り口にはCLOSED…閉店中の掛札を引っ掛けておき、ルシファーに頼んでキッチンまで転移する。
 …転移の感覚も久しいものだわ…
 
「これで全部?いまさら戻るなんていわないでしょうね?」
 
追って転移してきたルシファーが私に気だるそうに確認してくる。
 
「いや、食材を確認させて欲しい。…きっと満足するものをおいてあると思うけどね。」
 
そういって私はキッチンの備品や設備と在庫の確認をした。
 …うん、こっちがいつも何を作っているのか完全に理解されている。まさか隠し味まで用意されているなんて用意周到というか、どうやって気づいたのか。
 
でも、これで準備は万全。だけど、番組によっては料理を変える必要もあるか…バラエティなら普通の、運動系なら肉やスタミナ系、クイズ系ならご飯大目。その辺の気配りは重要なのよね。
「ルシファー、協力は惜しまないって言ってたわね?」
 
「あぁ、それがあいつの命令だから。」
 
「今日の番組構成教えてもらえる?もしくは番組表でも良いけど。」
 
「番組表?それならある。これね?」
 
胸に挟んでいたんだろうか?胸元から一枚の紙を取り出して私に見えるようにテーブルに置く。
MHKでの今日収録する番組表があった。
 
 
MHK 今日の収録順
5:30
今日の若本 Pセルvsバルバトス
9:00
おろりんりんランド ゲスト??
13:00
生放送 可能不可能大会
17:00
生放送 ニュースタウン・ホワイトドリーム
20:00
教育テレビ 地球DIE進化

 

 

 …ふむ、バトル系が二本。そのうち一本は生放送。ニュースと教育番組は終わった後に食べるだろうからそのように考えるとして…おろりんりんランドはテレビを持っていれば誰でも知っている超有名番組であり、長寿番組なの。MHKの設立から放映され続けているというのだから人気の凄さが伺えるわ。
 
「ありがとう、これがあれば作りやすい。番組ごとに注文はないんでしょ?」
 
「無い。あいつからも『好きに作って欲しい。その方がおいしいものを届けてもらえるような気がするからね』って言われていたわ。」
 
 …試されている、って考えるのは自意識過剰かしら…
 
「分かった、腕によりをかけて作らせてもらうわ!」
 
私はルシファーを適度に雑用させながら順調に料理を作っていった。そして局内を知るためにルシファーに案内させつつ自分で料理を運んだ。スタジオに到着して出演者たちに料理を振舞う。弁当じゃないことに多少驚きがあったようだが、一口食べて「美味い」と評価される。食べ終えれば「ありがとう」と感謝される。なぜかそれだけなのに充足感に満ちあふれていた。
それに、テレビの裏側を見るのはいい経験になった。番組では叫んでばっかりな者たちも、終われば仲良く雑談や技についての談義をしていた。こんなところでも己を磨くのを忘れない精神を見た。
 …私にはそんな彼らが、羨ましい…
 
―09:00―
 
私はスタジオにいた。料理の準備はできていたから、少し無理を言ってスタジオからあのおろりんりんランドを見せてもらっていた。いつもはテレビ越しにしか見ることのできないセット、そして見えることの無い裏方。
確かに彼らは凄い。いまだに人気がある神なんてそうそういない。でも、このすばらしい番組は神や一般人関係なく、力を合わせて作り上げられているもの。彼らもスタッフの皆を人間だのなんだのと見下すことは無い。紛れも無い一体感。
 …このような状況が世界中であれば、あんな組織たちは必要ないのに…
 
と、ジュース片手に考えに耽っていたところに予想外のゲストが来た。おろりんりんランドのゲストは不明、おそらくサプライズかなんかだったんだろうと思っていた。けど、そこにいたのは私にとってもサプライズだった。
 
「オッス!オラCC!みんなよろしくな!」
 
思わず飲み込みかけていたジュースを噴出すところだった。そういえばCCは開店準備をいつも手伝ってくれていたけど、今日はいなかった。だから、そういうことなんだろう。
 
「まさか貴様が来るとはな。だがこれも縁だ。」
 
上半身裸で独特な刺青のような文様がある男。彼はこの街で知らぬものの無い超有名人。神オロチ。
 
「おろりんりんランドへ、ようこそ!我らオロミズ兄弟がお出迎えしよう!」
こちらは神オロチに似ているが声などが少し違う、神ミズチ。二人は兄弟のようなもので、少々弟であるミズチのほうがボケキャラ気味らしい。
 
そんなこんなで番組が始まった。どうやらCCは私には気づいていないみたい。だからこそ、私はCCについての見識を改めた。いつもは変態といって差し支えない行動の酷さなのに、テレビだというのにいつもどおりふざけるCCの行動の中に自重が見られた。勿論、イグのん…神オロチの妻やその娘が出てきた際は、今にも襲い掛からんとした勢いが見えた。だが自重した。自重することができた。
出会ってすぐは私にすら抱きついたり、女を見れば節操無く手を出したり。本当に酷かったCCが、自重している姿を見て感動すらあった。
 
そんな感動を胸のうちにしまいながら、CCがことごとく笑いをとっていく姿に釣られてスタジオ内で小さく笑っていた。
 …久しぶりに笑った気がするよ。ありがとう、CC…
 
―11:00―
 
今回はそんなに長引かず、中間での大きな休憩は無かった。収録が終わり、私が料理をみんなに食べてもらうために運びに行くと、ようやく気づいたCCが驚いていた。
 
「なんで姐さんがこんなところに!?いつのまにスタッフに勧誘されたんだい?」
 
「ただの出前よ。そんなこと言ったらなんでCCがこの番組に出ているの?」
 
「ん?本当は番組から兄貴に声がかかってたけど、知っての通り忙しくてね?急に予定が入っちゃったもんだから、元々誰を呼ぶかは秘密にしていたのがあって変更がまだなんとかなる、って訳で暇な俺が呼ばれたって訳。」
 
「そんなことが…まぁ、私としてはあの神兄弟に会えただけでも今日来た甲斐があるわ…!」
 
「ふっ、我らは有名人だが、もてはやされるのは好きではない。軽く接してもらってかまわぬ。」
 
「兄さん、俺知ってるぜ?この人不死鳥の人だ!」
 
「ん?あぁ、皆で行こうと予定していたあそこか。ちょうど良い、予約をさせてもらおう。ついでにサインくらいは書き残しておくのも許されるだろう。」
 
「えっ?は、はい!分かりました!」
 
…あの神達が、家族連れで来る。誰かの役に立てるなんて、ここに来たときの私だったらこんなことまずありえなかったわね…
 
「ねぇ姐さん、もう収録も終わったし暇なんだ。せっかくなら手伝わせてもらえない?女の子二人だけじゃ大変だろうしね。」
 
「ん〜?荷物運びは多いほうが良い…分かった、それくらいなら局長さんも許してくれるだろうから。オロチさん達は問題ないんですか?」
 
「撮影は無事済んだ。後は編集を任せるだけだから構わぬよ。」
 
「そうですか、なら行くわよCC。」
 
料理はもう置いたからここにいても仕方ない。のんきに座っているCCを引っ張ってさっさとスタジオを後にする。
 
「ちょっ、俺も姐さんの手料理食いたかったのにいぃぃ…!」
 
「はいはい、後で余りを食べさせてあげるから。」
 
「それって残飯処理じゃんか!!」
 
 「いらないのなら食べなくてもいいのよ?」
 
「ほ、欲しいからぜひとも食べさせてくださいませ、妹紅姐さん〜!」
 
 
 調子の良いCCを引きつれ、とりあえずあのキッチンへ戻ることにした。
 
 
 
 
後半へ続く。
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