―IFの世界。無限確率事象の内のひとつ。「八雲紫の潜伏地点が別の場所だったら?」―
 
 
<EXTRA20、天子達は宇宙怪獣に対する最小限の防衛力だけを残し、分担して紫を捜索していた。陸海空をすべて探したはずだった。しかし他の組は悉く見つける事はできず、その内の天子と白夜がさまざまな意味で疲弊しきっていたその時、ふと思い出した。>
 
 
 
 
 
「…まさか…いや、そんなはずはない。『あそこ』は私とヘブンズしか知らないはず…確かにレイムと初めて戦った皆は、私の記憶を見せられて場所は見ている。でも、この世界のどこにあるかは知らない…それに、紫は『あそこへ行ったことがある』!」
 
「ハァ、ハァ…天子さん…?一体何を…」
 
「白夜、私から離れないで!しっかりついてきて!」
 
「えっ、待ってください天子さん!一体どこへ…っ!」
 
…もう居ても立ってもいられない。こんな事があって欲しくない、なのに何故か確認せずにはいられない。たとえ、杞憂であって欲しいという願望が世界を手遅れにしてしまってもいい…!原点を消させるわけには行かない…!
 
さっきまでは捜索するために急ぎながらも見逃さないようにどこか速度を抑えていた。でも、今はそんな必要がない。目標はただ一つ、脇目を振ることもなく一直線。邪魔な宇宙怪獣など消し去って、「始まりの村」へ。
この世界が、変わってしまった原点へと移動にかかる負荷など構わずにたどり着く。村の付近には宇宙怪獣がいない。わざとだとすれば、何故気付けなかったのか?…今はそんな事は考える余裕はなかった。
白夜もスピード自体は私より早いものの、強力な力の行使による反動でボロボロだ。私に着いてくるのがやっとだった。
あれから人は誰も居ない。建物も人の気配がない。当然だ、ここの住民は皆死んだのだから。あの時のまま…地に落ちた血は吸収されたのかも知れないが、建物、人工物に着いたものはこびり付いている。
 
 …あぁ、変わっていない。まるであの時から時が止まっているようだ。いや、実際私の時は止まっていた。総帥となってしまった時から…だからこそ分かる。『ここに奴がいる』と。
 
「ここは…天子さんの記憶で見た村にそっくり、いや、そのもの?」
 
「そう…私が組織を作るきっかけであり、紫が熱病の薬を偶然…なのかは信じがたいけど、それをばら撒いた場所。この世界にとっての最初の変化…それがこの村。白夜、そこで休んでいてもいいわよ?限界でしょう…」
 
「グ…ァ…ここまで引っ張ってそんなの酷いですよ…私もいきます。あいつには、私も一発くれてやりたいですから!」
 
「そこまで言えるなら心配はないわね。…さぁ、行きましょう。」
 
一歩一歩歩を進める。足を踏み出すたび、脳裏に鮮明な事件の一部始終が浮かぶ。あの建物の前で私が危険因子を殺した、あの位置で危険因子に村人が殺されていた…これも紫の精神攻撃なんじゃないかとすら思えるほど鮮明だった。それでも歩みを止める事はない。
 
…今の私は、世界のためなんて大義名分で動けるほど強くない…ここを…全ての「きっかけ」を守りたかっただけだから。
たとえ、霊夢さんの歴史改変で「きっかけ」自体がなくなって平和な村になったとしても…忘れないために。
 
「…ようこそ、終幕の演出は楽しんでいただけたかしら?」
 
いくらか進んだとき突如拍手が聞こえた。すぐに振り向くと、そこは村としてはちょうど真ん中、広場のようなところであり、過去に私が危険因子を殺戮し尽くし、佇んでいたその位置に紫は居た。側にレイムはいない。伏兵の気配もない。罠だとしか思えない出来すぎた状態だった。
 
「えぇ、演出家の悪趣味さがよく分かるものだったわ。」
 
「悪趣味だなんて酷い…この上なく最高の演出ですわ。始まりの地で、終幕を降ろす。せっかく良い台本を用意したのに、役者が遅刻するんじゃないかと心配しておりましたよ?」
 
「ふざけたことを言ってないで早く宇宙怪獣の召還を止めてください。一人で私たちに敵うとでも?」
 
白夜がバズーカ砲を構えチャージが始まる。威嚇でもなんでもない、返答次第で即光に飲み込むつもりだろう。
 
 …しかし本当におかしい。失言があったものの、それで開き直ったなんて思えない。あまりに短絡的過ぎる。紫の戦闘能力は正直未知数だけど、レイム程ではないのは確か…二人がかりでなくとも、今の疲弊しきった白夜でも消し去ってしまいそうなのに、この余裕はどこから…
 
「…アハハハ!本当に滑稽ですわ!自分たちが優位だと信じて疑わず、その高圧的な態度!その慢心に溺れて消えなさい。」
 
「!?しまっ…白夜!!」
 
私は罠があると身構えていたからすぐに気付いた。が、既に手遅れ…紫の言葉をきっかけに辺りが一変し、空は黒からあの灰色に。そして目の前には、今まさに危険因子の首が飛んでいた。血に塗れた天使が罪人を浄化するかのように、次々と虐殺は行われていく。
そう、村での出来事が村全体で完全に再現されている。固有結界とでもいえばいいのだろうか?村の周りに宇宙怪獣が居なかったのではなかった。「このための結界があったから宇宙怪獣が入ってこないようにしてあった」。
結界という小さな世界の中だけだが世界の書き換えは行われている…だからこそ、ただの虚像や幻覚ではなく、実体を持って存在していた。危険因子が。村が。そして…天使だった存在が。
村のどこかから体から血が噴出す音、断末魔、生々しく肉が斬られる音。また間近で天使に危険因子が斬り捨てられる。その返り血を成す術もなく浴びて私の服が、そして天使も血に染まる。とうに慣れてしまったはずのものなのに、どうしてもフラッシュバックしてしまい、私は震えが抑え切れなかった。
白夜は私とは違う自分のトラウマでも見せられているのだろう、チャージしていたバズーカ砲は維持できずに消滅、完全に脱力してしまっている…最前線で戦って居た故に心身ともに磨耗しすぎていた白夜に抗うだけの気力は残っているのか分からない。
 
「ここに来るまでどれだけの力と精神を消耗してきたのですか?あぁ、言わなくても結構。それも織り込み済み…どれだけ強大な力を持っていようと所詮は一個人というちっぽけな存在、自分の消せぬ過去には敵わない!さぁ、失意の底から解き放ってあげますわ。死を以って!
…それともまだ反抗の意思があるのなら、私を消して御覧なさい?世界改変の力を使えばこの村など容易く吹っ飛ぶのだから!!」
 
 …あいつを消す?…そうだ、私には…!
 
 
私がこの村に被害を及ぶことが出来ないのを分かって煽ってきた。その後大きなスキマが開かれる。気味の悪い数多の目の中から、二つの光が見えた。次第に光は強まる。明らかに、物体が近づいている。あの大きなスキマから物体をぶつけるつもりなのだろう…避ければ白夜はどうなるか分からない。
物体をどうにかしようにも今の私の力では、消すのも斬り捨てるのも簡単だからこそ、攻撃の余波や斬ったとしても破片などがそのまま村へ突っ込み少なからず村への被害が出てしまうかもしれなかった。
 
だから、今まで決して使うことのない能力を使う。その覚悟を決めた私の体の震えは既に収まり、今までの恐慌状態が嘘のように落ち着いていた。ビリッ、と服の背中部分を掴んで思いっきり引きちぎる。今再現されている事件の戒めとして彫った、背中にある茨が巻きついたようなひびだらけの髑髏の刺青があらわになる。
 
「遂に気がふれちゃったかしら?かわいそうに、一思いに殺して差し上げますわ。ウフフ、フフフフフフフッ、ヒャァァッハッハッハッ!!」
 
勝利を確信しているのか、言っている自身が既に気がふれている狂気の高笑いが辺りに響き渡る。スキマから見える光はさらに強まり、遂にスキマから飛び出してきた。私たちの体を二人まとめて吹き飛ばすには容易い大きさの電車ごと。それが電車だと認識するラグの間に私らを撥ね飛ばさんと迫ってきた瞬間、私は咄嗟に両手を前に翳した。そして能力を意識した途端、背中の刺青から大きな純白の二対の翼が生えた…それこそ、天使のように。
 
「ふふ…こんな呪いでも何かの役には立つ…霊夢さんだって懸命に戦っているんだ…私がこんな所で諦められるものか!!」
 
「っ!!?」
 
驚きで紫の笑いが止まる。今にもひき殺そうとした電車が、私の翳した両手に触れた部分から車体が消え去って行くのだから。手の先から不可視の壁があり、そこに全て吸い込まれているように消えていった。
 
「私は全ての穢れを浄化する…!!」
 
たたでさえ大きい翼を大きく広げ、私の固有結界を展開する…そこから光があふれ、翼から舞う羽も光に混ざるように飛び交い、村中、世界中がまばゆい光に包まれる。
 
「あ…あ…!?」
 
事態が一転し、理解できないと言わんばかりにかすれた声を上げた紫も、村に張られていた結界も、世界を覆っていた黒と共に光に飲まれた。そして光が引いた時、空は快晴に変わっていて、太陽の光が元に戻った村と天子たちを照らしていた…
 
「…はっ!…天子、さん?その格好は…」
 
結界が解けたことで白夜もトラウマから解放され、息も絶え絶えで息を整えながら、つい目に入ってしまった背中の刺青の事を尋ねる。
 
「天使みたい、って?そりゃそうよ、私はてんし、だからね…でも、今はみんなと合流するのが先決でしょ?紫は光に飲まれた。世界中に存在していた宇宙怪獣の力も感じない…いざこうして振り返ると、私とんでもない事しちゃったかも…」
 
 …もう、いいよね…ちょっと、限界…
 
「あはは、本当に、天使みたいです…って、天子さん?天子さん!?」
 
膝から力が抜け、いつの間にか翼もなくなり前のめりに地面へと倒れ付す。白夜が駆け寄ってきて私の体を揺すっていたが、その後の事は覚えていない…確かなのは、私は世界を救ったということと、力を使い果たして満身創痍の白夜におぶられて街へ着き、無事合流したと言う事…
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